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かわはぜ

河沙魚

林 芙美子

「人間」1947(昭和22)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,653 字 · 24 页

青空文庫

「ああ、気持ちの悪い男だね……」

千穂子は立って行って、しばらく男の後姿を眺めていた。与平はやがて支度が出来たのか、隆吉の自転車にリヤカアをくくりつけて、「夜にゃア戻って来る」と云って出掛けて行った。

千穂子は与平が出て行くと、裏口へまわって、奥の間へ上った。まつは、不恰好な姿で、這うようにしておまるをかたづけていた。

「おしっこですか?」

もう用を足したと見えて、まつはものうそうに首を振っている。痩せて骨と皮になっていたけれど、まだまだ生命力のあると云った芯の強そうな様子があった。

「おばあちゃん、隆吉さんが戻って来ますよッ」

千穂子がまつの耳もとでささやくと、表情の動かないまつは、じいっと千穂子の眼をみつめていた。千穂子はみつめられて厭な気持ちだった。隆吉が戻って来れば、もう、いっぺんにこの静かな河添いの生活から切り離されてしまうのだと淋しかった。千穂子はたまらなくなって裏口へ出て行った。半晴半曇の柔い晩春の昼の陽が河の上に光りを反射させている。水ぎわに降りて行った。もう、追いつめられてしまって、どうにもならない気持ちだった。「死ぬッ」千穂子は独りごとを云った。