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ぬまのほとり
沼のほとり
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,788 字 · 16 页
往きは暗い夜の中をあの女に導かれ、帰りは霧の中を少女に導かれて、まるで夢の中のようだったのです。
同じような小道が幾つもあり、同じような生垣や家が幾つもありました。
傾斜面のつきるところ、びっくりするほどの近くに、広々とした沼があって、日の光に輝いていました。そこから、冷たい風が吹きあげてきました。藪の茂みがそよぎ、中空高い落葉樹の小枝が震えました。薄の穂がまばらに突き立ってる野原が、あちこちにありました。
肌寒い思いで、草履の足を引きずって、尋ねあるきましたが、それらしい家は見当りませんでした。
「たしかにこの辺でしたの。」
「そう思いますけど……。」
心許ない短い問答きりで、二人はあまり口を利きませんでした。
人の住んでいそうもない、静まり返った家ばかりで、通りがかりの人影も見えませんでした。
二人は町筋に引き返しました。荒物屋、煙草屋、それから蕎麦屋と、三軒に尋ねてみました――。小川加代子というひと、歌沢の師匠をしている寅香というひと、少女を使って静かに住んでる若い女のひと……。
それを、どこでも、誰も、一向に知りませんでした。こんな田舎では、どんな些細なことでも皆に知れ渡ってる筈なのに、彼女のことについては、何の手懸りもありませんでした。