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ぬまのほとり

沼のほとり

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,788 字 · 16 页

青空文庫

しぜんに、足が早くなりました。

静まり返ってる大きな家のまわりを、二曲りして、小さな平家の前に出ました。

低い生垣のなかの砂道を、女は小刻みに歩いて、戸を叩きました。暫く待って、また戸を叩きました。

「みさちゃん、あたしよ。」

戸に格子、狭い三和土、障子、そのとっつきの三畳を通ると、調度の類がきりっと整ってる茶の間でした。

「こんなところで、失礼でございますけれど、どうぞ、御自由になすって下さいませ。」

女は立膝で、長火鉢の中の火をかきたてました。それからコートをぬぎ、小揺ぎもなさそうな姿勢に坐り、器用な手付で巻煙草に火をつけました。

八重子の夢心地は、深まるばかりでした。それを、ほっとくつろいだ吐息にはきだしますと、眼の前のことだけがまざまざと、恰も鏡に映ったようにはっきりと見えました。

長火鉢の磨きすました銅壺、黒塗りの餉台、茶箪笥の桑の木目、鏡懸けの友禅模様、違い棚の真中にある大きな振袖人形、縁起棚の真鍮の器具……そうした室の中に、みさちゃんと呼ばれた小女は、行儀よくまめまめしく立働きました。脱ぎ捨てられたコートをたたみ、茶をいれ、丸い餅を焼きました。