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ぬまのほとり
沼のほとり
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,788 字 · 16 页
八重子は長襦袢のまま、八端の柔い夜具にもぐりこみました。
夜の静寂の音とも細雨の音とも知れないものが、耳について、なかなか眠れませんでした。
――いったい、ここはどういう所なのであろうか。
枕頭の二燭光の雪洞が、へんに異境的な情緒をそそりました。八重子は幾度も、眼を開けたり閉じたりしました。東京の家のこと、兵営の梧郎のこと、夜の停車場のことなどが、すぐそこに宙に浮き出して、背景は遠くぼやけ、そのぼやけた中に彼女自身もありました。
長い間眠られず、そしてうとうとしたと思うと、また眼がさめました。それを幾度か繰り返したようでした。
なにかはっきりした物音がしました。人声も聞えました。八重子はへんにびっくりして、起き上りました。
茶の間へ出て行くと、女主人はもう起きていて、身扮もととのえていました。八時になっていました。
外は深い霧でありました。ただ仄白いものが濛々と天地を蔽うて、何の見分けもつきませんでした。
「昨晩は、お眠りになりましたかしら。」
女主人は首を傾げて、昨夜とちがい、顔に笑みを漂わせていました。
洗面からすべて、気を配った待遇でした。辞し去る合間もなく、食卓がととのえられて、梅干にお茶、味噌椀からワカサギに海苔と、気持よい朝食でありました。