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はたのてい
波多野邸
豊島 与志雄
「展望」1946(昭和21)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,194 字 · 45 页
衣ずれの音がして、波多野房江が隣室から出て来た。彼女は縁先へは出ず、食卓の前の座布団に膝をおとし、両手を卓上に重ねて、うっとり思いに沈んだ。
二人とも黙っていた。小鳥の声がひとしきり高くなった。
吉村は立ち上り、室にはいって、房江と向い合いに坐りかけたが、俄に、身をずらせて、彼女の膝に顔を伏せてしまった。少しく白髪の交ったその髪の上に、彼女は片手をやった。それから静かに、彼の顔を挙げさせようとした。
彼は頭を振って、彼女の膝にまた顔を押しつけた。
「どうしたの。」と彼女は囁いた。
「なんだか……。」
「また、極りがわるいの。」
彼女は突然、彼の頭をかき抱いた。
「おかしな人ね、子供みたい。」
「だって……。」
「もういいのよ。なんでもいいの。ね、そうでしょう。」
彼女の腕がゆるむと、彼は静かに顔を挙げた。近々と彼女の顔があった。その細く閉じかけた眼の、厚ぼったい重い瞼がおもむろに持ち上がり、額に幾つもの皺をこさえ、瞳が輝きを含んで微笑んでいた。
何かが一変した感じだった。その厚ぼったい瞼と輝きを含んだ瞳、それから、額の皺としぼんだ乳房、両方が別々なものとなって吉村の眼に映った。