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はたのてい

波多野邸

豊島 与志雄

「展望」1946(昭和21)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,194 字 · 45 页

青空文庫

未亡人房江は脳貧血の気味で寝ていたが、自分の代りに、魚住千枝子を席に侍らして、秘蔵のコーヒーとウイスキーを出させた。研究所に来ていた佐竹哲夫も呼ばれた。それから房江の発意で、吉村篤史も電話で呼び寄せられた。

波多野洋介もそこに出席しなければならなかった。ところが彼は、井野老人と碁をうちはじめて、殆んど意見らしいものを述べなかった。

「高石さんのお宅へ移した方がいいと思いますね。」

そもそもの初めから彼はそう言うだけで、而もそれが理由づけなしに決定的な響きを持っていた。高石老人の家には、母屋から廊下続きの別棟になってる恰好な室があった。

彼の碁の相手になってる井野老人は、まだ髪の毛が濃く、痩身長躯、たいてい和服の着流しで、何よりも囲碁が好きだった。研究所には可なりの蔵書を貸与しているにも関らず、その移転などは問題にしなかった。

「研究所と言っても、たかが、まあ図書室だからな。何処だろうと、結構だよ。」

全くそれに違いなかった。

然し、研究所には数十名の優秀な研究員が附随していた。それを考えに入れなければならなかった。佐竹はこのことを取り上げた。

「こちらの事情などは、あまり顧慮しなくても宜しいと思います。