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はたのてい

波多野邸

豊島 与志雄

「展望」1946(昭和21)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,194 字 · 45 页

青空文庫

ところが、波多野洋介はこの研究所を全然無視する態度を取った。そちらへ足を向けず、そこにある書物を一冊も読まなかった。彼は自分の八畳の書斎に若干の書物を持っていたし、なお読みたい書物は友人から借りてきた。友人が文化研究所のことを言うと、彼は例の通りぼんやりと答えた。

「あれはどうも、僕のものではないようだ。」

茲に、なお一つ私の観たところを附け加えておくが、彼はすべてのことを甚だ漠然としか言わなかったけれど、その背後には、明瞭な、ややともすると烈しいほどの、好悪の念があったようだ。好きだか嫌いだか、それが根本の問題で、あとはただ漠然とした言葉となって現われた。だから表面上、彼は多くのことに無関心のようにも見えた。

やがて彼が、文化研究所を高石老人の家に移転さしたい、さもなくば閉鎖したいと、漠然とではあるが強硬に言い出したことは、周囲の人々を驚かした。

それから、これは一部にしか知られていないことだが、彼は酒場「五郎」のある建物を買い取った。戸村直治のひそかな斡旋によるものだった。刳貫細工物の問屋は多年の不況で、その建物を売りたがっていたのである。そして売買は行われたが、表面上は変化なかった。