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あさまさんろくより

浅間山麓より

寺田 寅彦

「週刊朝日」1933(昭和8)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,574 字 · 8 页

青空文庫

星野温泉行のバスが、千ヶ滝道から右に切れると、どこともなくぷんと強い松の匂いがする。小松のみどりが強烈な日光に照らされて樹脂中の揮発成分を放散するのであろう。この匂いを嗅ぐと、少年時代に遊び歩いた郷里の北山の夏の日の記憶が、一度に爆発的に甦って来るのを感じる。

宿に落着いてから子供等と裏の山をあるいていると、鶯が鳴き郭公が呼ぶ。落葉松の林中には蝉時雨が降り、道端には草藤、ほたるぶくろ、ぎぼし、がんぴなどが咲き乱れ、草苺やぐみに似た赤いものが実っている、沢へ下りると細流にウォータークレスのようなものが密生し、柵囲いの中には山葵が作ってある。沢の奥の行きづまりには崩れかかったプールの廃墟に水馬がニンプの舞踊を踊っている。どこか泉鏡花の小説を想わせるような雰囲気を感じる。

翌日自動車で鬼押出の溶岩流を見物に出かけた。千ヶ滝から峰の茶屋への九十九折の坂道の両脇の崖を見ると、上から下まで全部が浅間から噴出した小粒な軽石の堆積であるが、上端から約一メートルくらい下に、薄い黒土の層があって、その中に樹の根や草の根の枯れ朽ちたのが散在している。事によると、昔のある時代に繁茂していた植物のコロニーが、ある年の大噴火で死滅し、その上に一メートルほどの降砂が堆積した後に、再び植物の移住定着が始まり、その後は無事で今日に到っ