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かいすいよく
海水浴
寺田 寅彦
「文芸春秋 第十三年第八号」1935(昭和10)年8月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,721 字 · 10 页
ずっと大きくなってからよく両親から聞かされたところによると、その頃とかく虚弱であった自分を医師の勧めによって「塩湯治」に連れて行ったのだが、いよいよ海水浴をさせようとするとひどく怖がって泣き叫んでどうしても手に合わないので、仕方なく宿屋で海水を沸かした風呂を立ててもらってそれで毎日何度も温浴をさせた。とにかくその一と夏の湯治で目立って身体が丈夫になったので両親はひどく喜んだそうである。
自分にはそんなに海を怖がったというような記憶は少しも残っていない。しかし実際非常に怖い思いをしたので、そのときに眼底に宿った海岸と海水浴場の光景がそのままに記憶の乾板に焼付けられたようになって今日まで残っているものと思われる。
それはとにかく、明治十四年頃にたとえ名前は「塩湯治」でも既に事実上の海水浴が保健の一法として広く民間に行われていたことがこれで分るのである。
明治二十六、七年頃自分の中学時代にはそろそろ「海水浴」というものが郷里の田舎でも流行り出していたように思われる。いちばん最初のいわゆる「海水浴」にはやはり父に連れられて高知浦戸湾の入口に臨む種崎の浜に間借りをして出かけた。