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かいりゅう
海流
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页
いいかい?」
それからは黙ったまま父娘が夕靄のかかりはじめた街路を家の方へ向ってゆっくり歩いた。もう家の門が見えるところまで来たとき、泰造が、もし煙草をふかしてでもいたなら、その吸殼をつよく地べたへたたきつける時の調子で
「あいつは、わざわざ第三者を入れてそういう話を持って来た。――」
と云った。
その時から六年経った。宏子は今これらのことを複雑な感情で思い出すのである。
学校前のバスの停留所のところは、片側が武蔵野らしい雑木林で、櫟の樹にまじって立てられている柱から燭光の弱い街燈が、白く埃をかぶった道端の笹を照らしている。厚く敷かれたばかりで、まだ踏みかためられていない門内の砂利が、宏子の靴の下でくずれて一足毎にザック、ザックと大きい音を立てる。門衛が、眼鏡越しの上目で、瞬間の明るみの中を横切って行った宏子の姿を見さだめた。
同室の三輪は、外泊であった。宏子は、帽子を寝台の上に放り出すようにぬいで、先ず靴をはきかえた。それから、寝間着に着かえて、洗面所ですっかり顔と手とを洗った。机の前の椅子をずらして腰かけた。教科書が青銅のピイタア・パンの本立てで挾まれた背をこちらへ向けて机の上に並んでいる。