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かいりゅう

海流

宮本 百合子

「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页

青空文庫

白堊の天井から頭の上に煌々と百燭光が輝いている。一輪插し、銀の楊枝箱、鋏、装飾用の寒暖計などがのっている飾盆を挾んで、再び順二郎と宏子とはテーブルのところにのこされた。隈ない光を浴びている順二郎のふっくりとした柔和な顔は幾分蒼ざめて、鼻の下に和毛の微かな陰翳はごみっぽいような疲れたような感じに見える。彼はさっきからひとことも云わず、ふだんより余計瞬きをするような表情で姉を見ているのであった。しばらくして、

「順ちゃん、これからどうする?」

と、宏子がやっとのことで出したようなあたりまえの声の調子できいた。

「僕?」

嵩の高い膝をすこし揺るようにして、順二郎はその独特なふくらみで顔に表情を与えている上瞼の下から素直に姉をみた。

「僕はドイツ語の文典をやる」

「――順ちゃん。一円ばかりもってる?」

「うん、あると思う」

「かしてね。あとで母様に云って返してもらって。――いい?」

「ああ。今すぐ?」

「うん」

弟から金をうけとると、宏子は玄関へ出て靴をはいた。

「すっかり帰っちゃうの?」

うしろに立って姉が靴をはくのを見ていた順二郎がきいた。

「ええ。――だって……。平気だろう?」