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かいりゅう

海流

宮本 百合子

「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页

青空文庫

「なあに? シュタインて――ゲーテの何か?」

「そうだろう。――じゃ、待っているからね。さよなら」

瑛子はいろいろ文学の本を読むのである。宏子はシュタイン夫人への手紙というような本はどこでも見た覚えがなかったし、友達が持っているとも思えなかった。宏子はその足で柿内の部屋へ外泊許可を貰いに入った。

六

順二郎に金をかりて、宏子が黙って寄宿舎へ帰ってしまった夜からは二週間たっていた。

動いていた学校の気分に一段落がついたことと、さっきの母の声にふくまれていたやさしい調子とで、久しぶりに敷石を踏んで我家の門を入ってゆく宏子の心持には、自分の靴音も何か新しく聞かれるような感じがあるのであった。

部屋の重い扉をあけると、瑛子が、

「ああ、やっと来た」

遠くからきいた声に響いていた暖かさのままにほぐれた笑顔で、いつもの正面の場処から娘を迎えた。

「ずいぶん、かかるんだねえ」

「すぐ出たのよ、あれから」

順二郎が、傍の腰かけのところにいた。宏子は、この間の晩、自分たち姉弟が味った気持の記憶の上で、順二郎に向って首をうなずけながらちょっと表情をした。順二郎は、上瞼のふっくりした落付いた顔の表情を目につかないくらいかえたが、さりげなく、