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かいりゅう

海流

宮本 百合子

「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页

青空文庫

「ねえ、母様、母様も少しは小説を読んでいる方なんだからね」

と、低い呻くような響で云った。

「そんな風に話すのおよしなさいよ、ね――何故嘘つくのよ!」

瑛子は心外らしく顔付をかえて大きい声で云った。

「いつ私が嘘をつきました――嘘は大嫌だよ」

「だってそうじゃありませんか。そんな気持になれないなんて――母様が……」

宏子は、弟がいるので意味深長な、鋭く悩みのこもった一瞥を母に与えた。

「私には云えないけど――現にそうじゃないの、自分でわかっていらっしゃる癖に。私にも母様のいろんな気持、わからなくはないのよ。そう世間並にだけ見てもいやしないわ。それだのに何故そうやって嘘をおっしゃるのよ。何故冷静ぶったりするのよ。そんなの偽善だわ――だから……」

宏子は自分を抑えて沈黙した。宏子は田沢と母との所謂文学談そのものも、想像すれば、まざまざ同じ拵えものの偽善めいたものにしか思われないのであった。

「こんな暮しをしていて」

宏子は室内を視線でぐるりと示した。

「社会的には体面も満足させる良人をもっていて、自分の気持に対してまで偽善的だったりしたら、あんまり通俗小説だわ」

若くて青年ぽい良心の自覚やそれを譲るまいとする荒々しさから宏子は、溢れそうな涙を無理やりのみ込んだ猛烈さで、飛びかかるように云った。