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かいりゅう
海流
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页
その三脚であり、その温室である。
きのうから、二月という季節に稀なひどい南風であった。庭の敷石がびっしょり濡れて、嶮しい空を暗い雲が叢立って北へ北へと飛んでいる。アンテナを張っている線のガイシが、暗澹として凄く美しいその空の色との対照で油絵具の白をぬたくって描いたように異常に目立っている。
さっきから温室の前に立った順二郎が仰向いて眺めているのは、この荒天に、風にさからい、流されつつ舞っている一羽の鳶である。灰色の雲の走る中空で鳶は或る時は一枚の薄い板片のように見えた。それが或る角度へ変ると真黒に翼の形や、躯の形が浮立って見える。ずっと南の方の空にもう一羽翔んでいた。それはもっと強情に正面から風にさからっていて、暫く空の同じ点にやっと浮いていたと思うと、そのまま垂直に空の高みまで舞い上った。そして、見えなくなってしまった。そっちの空にサイカチの裸の梢が揺れていて、風は益々迅く雲を飛ばしている。荒れている早春の自然の風景の中には、順二郎の心に名状の出来ない喜悦と苦悩の混りあった感動を与える力が漲っていた。鳶が忽然として舞いあがってしまった。その後に雲ばかり走っている空の寂しさにさえ、彼の感情を牽きつけて陶酔させるようなものがあるのである。