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あざらしとう

海豹島

久生 十蘭

「大陸」1939(昭和14)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,311 字 · 48 页

青空文庫

やむを得ず、敷香から電信で事件の大体を本庁に報告するように部下に命じ、帰航に島へ寄って貰う条件で、私が島に残ることにした。船は遅くも明後日の夕刻ごろ寄島することになろうから、非常な不便はなく、それまでに調査も滞りなく完了することと思った。

一、舷梯を伝って氷原に降り立つと、汽船は咽ぶような汽笛を長鳴させながら、朦朧たる海霧の中に船体を没し、私は重苦しい霧にとざされた、広漠たる氷原の上にただひとり残された。灰色の無限の空間は、なにひとつ物音もなく、しんとした静寂に充たされ、氷原は波のうねりがそのまま凍りついて、死滅した月の表面のような冷涼たる趣きを呈し、十尋の底まで透けるかと思われるほど透明で、ぞっとするような物凄い緑色をしていた。

私は孤独の感じと闘いながら、漂うように島のほうへ歩きだした。寒気は非常にきびしく、靴はたちまち石のように凍ってしまい、鋭い錐氷に爪先を打ちつけると、飛びあがるほど痛かった。普通の歩き方では一歩も歩まれない。氷の畝から畝へ、飛ぶようにして行くほかはない。爪先を極度に緊張させるので、ふくらはぎが痛み出し、長く歩行をつづけることができなかった。