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せいひんのしょ

清貧の書

林 芙美子

「改造」1931(昭和6)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,061 字 · 36 页

青空文庫

「そうねえ、引越し賃位はね……でも八円のこの家から拾七円の家じゃア、随分と差があるし、それに、昨日行って見たンだけれど、まるで狸でも出そうな家じゃありませんか」

「拾七円だってかまうもンか、いい仕事がみつかればそんなにビクビクする事もないよ」

「だって、あなたはまだ私より他に、女のひとと所帯を持った事がないからですよ。すぐ手も足も出なくなるだろうと私は思うのだけれど――」

「フフン、君はなかなか経験家だからね、だが、そんな事は云わンもンだよ」

与一との生活に、もっと私に青春があれば、きっと私は初々しい女になったのだろうけれど、いつも、野良犬のように食べる事に焦る私である。また二階借りから、一軒の所帯へと伸びて行く、――それはまるで、果てしのない沙漠へでも出発するかのように私をひどく不安がらせた。

四

風呂敷の中から地獄壺を出して、与一の耳の辺で振ってみせた事が大きいそぶりであっただけに私は閉口してしまった。なぜならば、遠い旅の空で醤油飯しか食っていない、義父や母の事を考えると、私は古ハガキで、地獄壺の中をほじくり、銀貨と云う銀貨は、母への手紙の中へ札に替えて送ってやっていたのである。