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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

この不思議な、血行が人間の力で支配出来ないと同様に、或る程度までは不可抗的な希望という魔力、明るい、胸の躍る、その希望に釣られまいとするために、その係蹄に足を取られないためには、正隆は、その希望を殺さなければならないのを発見した。が、希望は不死に見えた。希望そのものを縊ることは出来ない。そこで、正隆は、自ずと希望の対象となる総ての外界の価値を、彼の思い得る最低にまで引下げた。そして、結局、自分は、彼を希望する、が、然し、見ろ、世の中はあんなだ、俺の行くだけ、それだけ価値のある場所はない、という、一種の理論を構成して、強いても、不能力者となったのである。

三十から四十歳にかけての時代を、こんな状態に送ることは、正隆にとって、恐ろしい苦行であった。彼は、家庭を失った寂寥にも堪えかねたし、また無為な、力の遣り場のない日常にも圧せられた。彼は、それ等の不調和に、真実に苦しんでいたのである。けれども、長兄や、或は親戚の者等が、彼のために或る地位などを、周旋すると、正隆は寂しい冷笑を漂べながら、

「僕は、あんな泥棒共の仲間に入るのはいやだ」と拒絶した。が、時によると、つい、活気に満ちた生活の光輝に誘われて、彼も我知らず話に乗ることがある。