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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

常識から考えて見ても、家庭の一員である以上、彼が尚子夫人を助けるのは、意外なことである筈がない。夫人の説明を聞いて、正隆は思わず、よろしい、と返事をした。一面からいえば、正隆の口から、その返答を自然に引き出したほど、それほど、夫人の理由(リーゾナブル)は至当だったともいえる。正隆は、その瞬間、常人に還って、彼女の申出を承諾したのである。

けれども、自分の部屋に帰って、いつものように膝を抱きながら、考えるともなく、尚子夫人の言葉を思い出して考えていた正隆は、暫くすると、彼特有の薄笑いを口辺に浮べた。

何心なく素直に、尚子夫人の申出を承知した正隆の心は、また、そろそろと軌道を転換して、蕈の生え並んだ彼の王国へ、軌り込み始めたのである。

夕暮の騒音に混って、微かに唸る蚊を追いながら、燈もつけずに考えていた正隆は、やや暫くすると、

「フム」

と云いながら、体を揺った。

「尚子夫人は利口だ。なかなか抜目なく利口だ」

これが、正隆の第一に考えたことである。

彼女に対して、自分がどういう心持でいるか、それはまるで、住む宇宙が違うような尚子夫人に明瞭な説明は掴めないであろう。