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しぶやけのしそ

渋谷家の始祖

宮本 百合子

「中央公論」1920(大正9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,023 字 · 133 页

青空文庫

絶えず朝と晩とを徹して彼を虐げるあらゆる不安も、焦躁も、冷笑も、その時だけは、一面の混沌の裡に溶け込んでいたのである。けれども、頭が目覚めて、魔術的な細胞が呼吸をし始めると、正隆の心には、幾日かの休養で、更に精力を増進したようにさえ見える、尖耳(とがりみみ)の小悪魔が、恐るべき勢で活動し始めた。それは、全く、悪魔の啓示といっても誇張ではないほど、正隆の頭は敏活に、蒼白い光の尾を引きながら、暗黒の裡を、飛翔した。

もう学校へも出ず、散歩さえ止めた彼は、まるで、大発見の手掛りを得でもした、科学者のような根気で、暗示(ヒント)から暗示へと、手繰り寄り手繰り寄り、もうクライマックスへ来たらしく見える、「悪計」の発掘に取りかかったのである。ほんとに、飢え渇いて、ガツガツと汗を掻きながら進行した正隆は、終に或る、系統的な、企図ともいうべきものの、正体を掴み得た。

その分解に従うと、最初、彼がこのK県に寄来された迄には、何の計画も、悪意も籠ってはいなかったのだ。

それが、此方へ来て、稍々暫く経ってから、或る人の手が徐ろに動き出した。それは、副島氏である。

一口にいってしまえば、副島氏は自分を邪魔にしていたのだ。