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こんとんみぶん

渾沌未分

岡本 かの子

「文芸」1936(昭和11)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,232 字 · 33 页

青空文庫

月が、日本橋通りの高層建築の上へかかる時分、貝原は今夜は珍らしく新川河岸の堀に臨む料理屋へ小初を連れ込んだ。

「待合?」

小初は堅気な料理屋と知っていて、わざと呆けて貝原に訊いた。貝原は何の衝動も見せず

「そんなところへ、若い女の先生を連れて来はしません」と云った。

「でも、いま時分、こんなに遅く、いいのかしらん」

「なに、ちっとばかり、資金を廻してある家なので、自由が利くんです」

涼しい食物の皿が五つ六つ並んで、腹の減った小初が遠慮なく箸を上げていると、貝原はビールの小壜を大事そうに飲んでいる。ぽつぽつ父親の噂を始めた。

「どうも、うちの老先生のようじゃ、とても身上の持ち直しは覚束ないですねえ。事業というものは片っぽうで先走った思い付きを引締めて、片っぽうはひとところへ噛り付きたがる不精な考えを時勢に遅れないように掻き立てて行く。ここのところがちょっとしたこつです。ところが、老先生にはこの両方の極端のところだけあって、中辺のじっくりした考えが生れ付き抜けていなさる。これじゃ網のまん中に穴があるようなもので、利というものは素通りでさ」貝原は、父親には、反感を持っていないようなものの、何の興味もないらしい口調だった。