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こすいとかれら
湖水と彼等
豊島 与志雄
「新思潮」1914(大正3)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,351 字 · 25 页
白く凍って流るる息を、遠い空をでも眺むるような眼付で眺めている。「彼にとって今凡てが清らかで楽しいのだ」と彼女は思った。そしてこう思うことは彼女に淡々しい淋しさを与えた。
「うちに舟がありましたでしょう。」と突然彼が尋ねた。「今日の午後あれを借りられませんでしょうか。」
「このお寒いのに!」
「寒い位何でもありません。では午後に屹度来ますから火を沢山熾しといて下さい。そしてお菓子と何か食べるものも……。」
「でも水の上はお寒いでしょうよ。……お一人?」
「いいえも一人来るでしょう。」
彼は湖水の上をずっと見渡している。何時の間にか靄も消えて、水面は柔く太陽の光りに押えられて漣一つ立たなかった。
「それでは船頭にもそう伝えておきましょう。」
「いえ私が漕ぐんです。暖い火の外には何にもいりません。」
彼の眼は夢みるように輝いていた。彼女はじっとその顔を見た。おかしな不安が彼女の心に萠した。湖水の上から、対岸の陰った山懐から、遠く眼がかすむような山嶺から、更に青い空まで彼女は静に視線を移した。そして斯う云った。
「よろしいんですか。」
「ええ!」と青年は強く点頭いた。
何がいいのかは二人の孰れにもはっきり分っては居なかった。