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こすいとかれら

湖水と彼等

豊島 与志雄

「新思潮」1914(大正3)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,351 字 · 25 页

青空文庫

其処から何物か震えつつ胸に伝わるものがあった。それは明瞭と知ることが出来なかった。心持ち首を傾げて、彼女はまた書物の上に眼を落した。

――視よ我戸の外に立ちて叩くもしわが声を聞きて戸を開く者あらば我その人の所に就らん而して我はその人と偕にその人は我と偕に食せん

その時ふっと物影が彼女の顔を横った。かの青年がやって来てじっと彼女を見ているのであった。軽く咎むるような心地の眼付でその顔を見返すと青年はこう云った。

「絵葉書はありませんか。」

その時彼女は明かに青年の顔を見た。窶れた顔は淋しい輪郭をしていた。逼った額は一層彼の顔を淋しく見せた。堅く結んだ口元とうっとりとした悲しみの眼とは、一つ思いに満ちた心を示していた。で労わるような調子でこう答えた。

「みんな湖水のばかりなのですよ。」

青年はその一枚を取りあげて暫くじっと見ていた。それはふっくらとした湖水の面を単調に写し出したものであった。それから彼は五六枚を選んで、そのまま黙って湯の宿の方へ帰って行った。

何だか淋しい影を引いている人だと彼女は思った。

曇り勝ちで佗びしい一週間が過ぎた。

前日よりしとしとと降り続いた雨は午後になっても止まなかった。