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こはん
湖畔
久生 十蘭
「文藝」1937(昭和12)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页
と事もなげに言い放つのである。
少女はオールを操りながら、父のこと、母のこと、また女学校のことなどをひッきりなしに話して聞かせ、この間のテニス大会はどれほど面白い景況だッたかと仔細に物語るうちに、自然にオールを休め、身体をいろいろに動かしてその勝負を見るごとくに演じるのだッた。
活溌なうちにも上品さを失わず、間近にあると、美質はいっそう発揮され、俺の眼にはほとんど照り輝くばかりに見える。俺はさながら夢の中の人のように、恍惚とその顔を眺め、無心にその声に耳を傾けるのみであッた。少女は俺の顔を見て、含み笑いをしていたが、
「貴君は伯爵なんですッてね。長らく外国へ行っていらして、そして大変な学者でいらっしゃるッて」と言った。
俺は低劣臆病の一面、傲慢なところのある男で、顕裔門閥が非常な誇だったから、この質問は至極俺を喜ばしたが、殊更雑駁に、
「ウム左様だ、旧弊な大名の伜ヨ、それを誰から聞いた」
と訊ねると、少女は、
「エー、宿でみなが評判していますもの、嫌でも耳に入りますわ」
と答え、また唐突に口を開いて、
「貴君のお顔の怪我はどうなすッたの」
と問いかけた。