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こはん

湖畔

久生 十蘭

「文藝」1937(昭和12)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页

青空文庫

狐はされるままに立ちあがって、

「風は金波を揺がして遠く声あり、船頭、何ンぞ耐えん今夜の情か、オイ、戸外へ行くと、怖いことがあるぜえ、承知かア」

と言いながら庭へ下り、手を取合ってこッちへやってくるので、恐入って湖畔までひき退ると、狐の書生は女学生の八ツ口から手を入れて肩を抱き、縺れるように裏の林へ入って行った。

俺は玉紫陽花の咲いている叢にしゃがんで息をころしていた。考えれば考えるほど不埓な所行だから、踏込んで叱りつけてやろうと思ったが、雑輩どもに怒気を見られるのは不見識だから、一同が退散した後のことにしようと考えなおし、それまで時間を浮ヶ島の高木という弁護士の家でつぶすつもりでいくと、高木は賽ノ河原の知人のところへ碁を打ちに行っているというので、やむをえず湖畔の金波楼という料亭で不味い酒を飲みながら時を消していた。

十一時近くになったので、下司どもも退散したろうと、庭先からいきなり母屋へ行くと、退散どころか先刻にも増した大活況で、大童になって雨の坊主のと騒いでいる。これではいつまで待っていても埓が明かぬと思って、縁から座敷へ上ると、一同の狼狽ぶりは見るもあわれなくらいで、動顛して腰も立たず、雷にでも撃たれたようにその場に慴伏してしまッた。