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こはん
湖畔
久生 十蘭
「文藝」1937(昭和12)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页
廃藩置県後は東京市ヶ谷の上屋敷に移り、厳格な封建的式礼の中で育った。
貴様の祖父は文久元年の遣欧使節に加わって渡欧したが、在英中、英国の大貴族と交際して習俗に心酔し、この俺を英国流の傲岸不屈な貴族に仕上げようというアンビッションを起したものとみえ、七歳の春からデニソンについて英語と西洋礼式を学ばせた。父自身が勉強の看視人で、毎夜十二時まで俺を書机の前にひき据え、すこしでも懈怠の色が見えると、刀槍をもって威嚇するという具合だッたから、俺の少年時代は困死せんばかりの苦楚辛痛のうちに過ぎた。生れつき克苦奮励するような気質は持合わしておらず、この世に机に噛りつくくらい厭わしいことはなかったが、父の怒を避けるために、もっぱら、好学の風を装い、ただもう当座を糊塗していた。なにごとも上ッ面だけを綴くり、いい加減に辻褄を合わしてすまして置くという不誠実な性情は、すでにこの頃に養われたのである。
父は傲慢自大、極端な貴族主義者で、口を開けば新政府と新華族を罵り、旧大名中の剛の者といわれて得々としていた。明治十八年の春、賤民政府という小冊子を旧大名に頒布したため、政府讒謗の廉で鍛冶橋監獄に繋がれたが、出獄後は拘留中に発病した炎症痛風に悩み、癇癖を募らせて野蛮に近いふるまいをするようになり、諫諍するものがあると、はげしく争っ