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こはん

湖畔

久生 十蘭

「文藝」1937(昭和12)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页

青空文庫

俺は狂人だから、なにをやッたって責任は持たんヨ。一切夢中でやったのだ、辻褄が合わンけれゃ、いっそう結構じゃないか」

と言うと高木は俯向いて苦笑していた。

六月十二日華族局へ隠居届を出し、その足で東京検事局へ、自訴した。即日、鍛冶橋監獄の未決監に繋がれることになッたが、第一回公判で高木が精神鑑定の請求をした結果、残欠治癒と鑑定され、十月一日、第二回の公判廷で、責任無能者の故をもって無罪放免の宣告を受け、同三日、出獄した。

出て見ると、果して評判がいい。この事件に対する世間の批判は、久しい以前から妻の不義淫行を知りつつ隠忍していた為、一度治癒した精神病が再発し、衝動的に殺人を行ッたもので、夫をして再度発狂させ殺人罪を犯せしむるにいたったのは、すべて妻の責任だということに一致していた。同族の誰彼はみな俺の同情者で、中には手紙で祝辞を述べて来るものもあるという次第だから、俺としても愉快ならざるを得ない。その月の五日、同族、関係者百五十名を柳橋の大中村に招いて盛大な出獄祝をやったが、これがまた非常に評判になッた。その方は栄福だったが、監獄はやはり監獄だけのことがあるので、獄中で些か健康を損じた。