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こはんていじけん

湖畔亭事件

江戸川 乱歩

「サンデー毎日」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年1月3日~5月2日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,335 字 · 137 页

青空文庫

「ほんとうですね。まるきり違った世界ですね」

私は調子を合せて答えました。しかし、私には、この事件の余りにもあっけない終局に、何となく腑に落ち兼ねる所がありました。例えば、死体焼却という様な世の常ならぬ想像に、それを裏書する火葬場の匂いがちゃんと用意されていたり、犯人が見つかったかと思うと、その時には彼はすでに死骸になっていたり、トランクの男の(少くともトランクそのものの)行方が絶対に分らなくなったり、考えれば考えるほど、異様な感じがします。もっと手近な事柄をいえば、今私の前に腰かけている河野自身の古ぼけた手提鞄で、その中には恐らく数冊の古本と、絵の道具と、幾枚かの着類が入れてあるに過ぎないその鞄を、彼はなぜなればあんなに大切相にしているのでしょう。一寸開くたび毎に、一々錠前を卸して、その鍵をポケットの中へ忍ばせるのでしょう。私は妙に河野の古鞄が気になりました。それに連れては、河野自身の態度までも、何とやら気掛りです。

従って、私の様子に幾らか変な所が見えたのでしょう。河野の方でも、何となく警戒的なそぶりを見せ初めました。そして、一層おかしいのは、非常に巧にさりげない風を装ってはいますけれど、私には彼の目が(というよりも彼の心そのものが)頭の上の網棚にのせた古鞄に、恐しい力で惹きつけられていることが分り