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こはんていじけん

湖畔亭事件

江戸川 乱歩

「サンデー毎日」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年1月3日~5月2日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,335 字 · 137 页

青空文庫

「君はちっとも気がつかなかったのかい、人殺しを」

「ヘエ、一向に」

「一昨日の晩、湯殿の中で何か物音でもしなかったのかい。焚場とは壁一重だし、中を覗ける様な隙間も拵えてある位だから、何か気がつきそうなものだね」

「ヘエ、ついうっかりしておりましたので」

三造はかかり合いになることを恐れるものの様に、きのうから何を問われても、一つとしてハッキリした返事をしないのです。思いなしか、私には彼が何事かをかくしている様にも見えます。

「君はいつもどこで寝ているの」

私はふとある事を思いついて、こんな風に問いかけて見ました。

「へえ、そこの焚き場の側の、三畳の部屋なんで」

彼が指さすのを見ますと、浴場の建物の裏側に、焚き場の石炭などを積み上げた薄暗い土間があって、その隣に障子も何もない、まるで乞食小屋の様な畳敷きの所が見えます。

「昨夜もあすこで寝たんだね」

「ヘエ」

「じゃ、夜なかの二時頃に何か変ったことはなかったかい。僕は妙な音がした様に思うのだが」

「ヘエ、別に」

「眼を覚さなかったの」

「ヘエ」

彼のいう所が本当だとすると、あの曲者追跡の騒ぎも、この愚者の夢を破らなかったと見えます。