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えんぎしどうろんそうあん

演技指導論草案

伊丹 万作

「映画演出学読本」1940(昭和15)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,562 字 · 27 页

青空文庫

演技をやってみせることは私にはできない。説明の才能はほとんど落第点である。それにもかかわらず私はあくまでも自分の意志を相手の肉体のうえに顕現しなければならない。そこで私は無意識のうちに次のような方法にすがりついて行った。つまり私は第一にできるだけ動いて見せることを避け、説明をもってこれにかえよう。そして次には、さらに、できるだけ説明することを避け、「何か」をもってこれに代えよう。「何か」とは何であろう。この「何か」の説明くらい困難なことはない。あるときはそれは沈黙であり、あるときは微笑であり、あるときは椅子から立ち上って歩くことであり、あるときは瞑目することであり、あるときは――。これでは際限がないから、私はこれにへたな名前を与えよう。いわく、「暗示的演技指導」。

○俳優をしかってはいけない。彼はいっしょうけんめいにやっているのだから。私は公式主義からこんなことをいうのではない。私は俳優を打ったこともある。私も人間であり相手も人間であるからには、ときとして倫理も道徳も役に立たない瞬間があり得る。しかし法則を問われた場合には私はいう。どんなことがあっても俳優をしかってはいけない、と。