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そうせきのじんぶつ

漱石の人物

和辻 哲郎

「新潮」1950(昭和25)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,438 字 · 23 页

青空文庫

そのためには漱石は、家庭の外に向かって注いでいる精力を、家庭の内に向けるほかはなかった。もしそうしていれば漱石は、実際の漱石とはかなり別のものになっていたであろう。そういう漱石が、よりよい漱石であったかどうかは別問題である。が、少なくとも自分の子供の内に憎悪を烙きつける父親ではなかったろうと思われる。

純一君にベルリンで逢ってから二年後に、漱石夫人の『漱石の思い出』が出版された。その中に漱石を一種の精神病者として取り扱っている個所がある。特に烈しいのは『道草』に書かれた時期のことである。そこに並べられているいろいろな事実から判断すると、夫人の観察は正しいと考えざるを得ないであろう。しかし実際に病気にかかったのであったならば、『吾輩は猫である』や『道草』などは書かれるはずがないと思う。当時漱石は、世間全体が癪にさわってたまらず、そのためにからだを滅茶苦茶に破壊してしまった、とみずから言っている。猛烈に癇癪を起こしていたことは事実である。しかしその時のことを客観的に描写し、それを分析したり批判したりすることができたということは、漱石が決して意識の常態を失っていなかった証拠である。