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そうせきの「こうじん」について
漱石の「行人」について
宮本 百合子
「新潮」1940(昭和15)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,549 字 · 7 页
作者として一郎のこの不満に万腔の支持を与えている漱石は、翻って直の涙の奥底をどこまで凝っと見守ってやっているだろう。直は、家庭のこまこました場合、淋しい靨をよせて私はどうでも構いませんというひとである。「妾のような魂の抜殼はさぞ兄さんにはお気に入らないでしょう。然し私は是で満足です、是で沢山です。兄さんについて今迄何か不足を誰にも云ったことはない積りです」そういう直である。夫に対してもうすこし積極的にしたらどうですと云われて「積極的って何うするの」と訊く直は、果して何一つ燃えるものを内にもっていない女として生れて来ているのだろうか。魂の抜け殼が「大水に攫われるとか、雷火に打たれるとか、猛烈で一息な死に方がしたいんですもの」と云ったりするであろうか。
和歌の浦の暴風のなかでそのような言葉を嫂からきいて、二郎は、自分がこの時始めて女というものをまだ研究していないことを知ったと感じ、彼女から翻弄されつつあるような心持がしながら、それを不愉快に感じない自分を自覚している。二郎の人間心理の洞察はここに止るのだが、作家としての漱石の追求も、直のこの女としての機微にふれた心理の抑揚に対して、そこで終っているのは、興味深くもあり遺憾でもある。