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かせいのうんが
火星の運河
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1926(大正15)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,715 字 · 10 页
何という大芝居だ。何という奥底知れぬ美しさだ。
私は一歩沼の中に足を踏み入れた。そして、黒い水の中央に、同じ黒さで浮んでいる、一つの岩をめがけて、静に泳ぎ初めた。水は冷たくも暖かくもなかった。油の様にトロリとして、手と足を動かすにつれてその部分丈け波立つけれど、音もしなければ、抵抗も感じない。私は胸のあたりに、二筋三筋の静な波紋を描いて、丁度真白な水鳥が、風なき水面をすべる様に、音もなく進んで行った。やがて、中心に達すると、黒くヌルヌルした岩の上に這い上る。その様は、例えば夕凪の海に踊る人魚の様にも見えたであろうか。
今、私はその岩の上にスックと立上った。オオ、何という美しさだ。私は顔を空ざまにして、あらん限りの肺臓の力を以て、花火の様な一声を上げた。胸と喉の筋肉が無限の様に伸びて、一点の様にちぢんだ。
それから、極端な筋肉の運動が始められた。それがまあ、どんなにすばらしいものであったか。青大将が真二つにちぎられてのたうち廻るのだ。尺取虫と芋虫とみみずの断末魔だ。無限の快楽に、或は無限の痛苦にもがくけだものだ。
踊り疲れると、私は喉をうるおす為に、黒い水中に飛び込んだ。