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ほのおのなかにうたう
焔の中に歌う
野村 胡堂
「文芸倶楽部」1928(昭和3)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,476 字 · 27 页
か細い手が、チョコレート色の壜にかかるのを止めて、
「あれは何んでしょう」
コップを卓の中ほどに押しやって、照れ隠しともなく、深井少年は斯う聞き耳を立てました。
窓の下のあたりから、不意に、かなり節奏の巧みな、ハーモニカの音がして来たのです。
「ホッホホホ、気がお付きになって、カルメンの節奏曲よ、今にハバネラが始まるワ、そして、私にも歌えというんです」
「あなたに?」
「ええ、素晴らしい伴奏でしょう、私がどうかして歌ってやらないと、何遍でも何遍でも窓下を往ったり来たり、往ったり来たり、日が暮れたって、夜が更けたって動きやしません」
「何んです、それは、不良少年ですか、僕が行って追っ払って来ましょうか」
「イエ、そんな厭なものじゃありません、あれでも私の大事なお友達よ、パトロンでも、崇拝者でもあるワ、追っ払ったりなんかしては失礼よ」
「あなたのパトロンが、ハーモニカを?」
「エ、エ、まあ、暫らく聞いていらっしゃい、私が歌ってやらないと、今度はセキエデラを吹くワ、その次はジプシー・ソング、その次は……それネ、ハバネラが始まったでしょう」
「どうしたんです、ハーモニカの伴奏で、あなたに歌わせるのは、失礼じゃありませんか」