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むほうもの
無法者
豊島 与志雄
「中央公論 文芸特集」1951(昭和26)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,837 字 · 24 页
」
「え、フグ茶……ですって。」
「フグの茶漬けですよ。鯛の茶漬け、鯛茶、御存じでしょう。あの鯛を、フグでゆくんです。これは天下の美味で、一度食べたら病みつきになりますよ。」
「わたくし、初めて聞きましたわ。」
「どこででも食べられるというわけにはいきません。僕の知ってる家だけです。たらふく飲んで、たらふく食って……便利なことには、そこは割烹旅館になってるものですから、僕はたいてい泊ってくるんです。お宜しかったら、こんど御案内しましょう。もっとも、お泊りになろうと、お帰りになろうと、それはあなたの御自由です。」
前屈みに相手の方へ顔を寄せて、志村は囁くように小声で話すのだが、あたりに人がいることだし、二人だけの内緒話というわけにはゆかなかった。それになお、志村は内緒話のつもりでもないらしく、小声とはいえ、隣席の者の耳にはいる程度の調子を保っていた。
相手の見境はなかった。人妻であろうと、未亡人であろうと、独身者であろうと、構わなかった。ただ、こういう席に若い令嬢は殆んどいなかった。
連れ込み専門の家ではないとしても、とにかく割烹旅館、志村がよく泊ってくるという家に、婦人を誘ってフグ茶を食いに行くとは、いささか穏当ではなかった。