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ちち
父
矢田 津世子
「日暦」1935(昭和10)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,168 字 · 38 页
父が胃潰瘍で新潟の妾宅に永らく臥っていた頃、表むきはリウマチで動けないという母の代りに姉が出向いて十日余りも滞在したことがあった。姉とおきえさんの仲がほぐれていったのはそれかららしい。おきえさんは父について上京すれば何かと手土産を持って姉の家を訪ねるのが慣しになり、姉の方でも母に隠しておきえさんへはあれこれと心づかいをしている模様だった。もっとも姉の心づかいにはおきえさんへというよりは父への義理立てに迫られたものがあった。母との間が疎かった父にしてみれば「お父様っ子」として育った気立の優しい姉が誰れよりも心頼みだったし、それを姉はよく知っていた。そして、父の信頼を地におとすまい、とする心が働いておきえさんへの「おつとめ」になっているらしかった。
いつぞや、紀久子が学校の皈り姉の家へ寄ると、外出の支度をしていた姉は何やら工合の悪そうな様子をして、これから歌舞伎へ行くのだが、席はどうにか都合つけるから紀久子にも行かないか、と誘いかけたが、そのはずまないものいいがへんに紀久子を拒んでいるように思われたので着換えに皈るのが面倒だからと断ると、
「じゃ、またこんどのことにしましょうね。