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ちちのはか
父の墓
岡本 綺堂
「文芸倶楽部」1902(明治35)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,513 字 · 5 页
ましてわれは今やこの父を失えるも、家に残れる母あり、出でて嫁げる姉あり、親戚あり、朋友あるに、何ぞ俄に杖を失いし盲者の如く、水を離れし魚の如く、空しく慌て空しく悲むべき。父よ、冀くは我を扶けわれを導いて、進んで世と戦うの勇者たらしめよ、哀んで傷らざるの孝子たらしめよ。窃かにかく念じて、われは漸く墓門を出でたり。出ずるに臨みてまたおのずから涙あり。湿める眼をしばたたきて見かえれば、そよ吹く風に誘われて、花筒に挿みたる黄と紫の花相乱れて落ちぬ。鴉一羽、悲しげに唖々と啼過れば、あなたの兵営に喇叭の声遠く聞ゆ。
おぼつかなくも籬に沿い、樹間をくぐりて辿りゆけばここにも墓標新らしき塚の前に、一群の男女が花をささげて回向するを見つ、これも親を失える人か、あるいは妻を失えるか、子を失えるか、誠にうき世は一人のうき世ならず、家々の涙を運ぶこの青山の墓地、芳草年々緑なる春ごとに、われも人も尽きぬ涙を墓前に灑ぐべきか。噫。