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ぎせいしゃ
犠牲者
平林 初之輔
「新青年」博文館、1926(大正15)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,364 字 · 37 页
仮に彼が釈放されても生活の本拠が既になくなっているのだ。人間が多過ぎて困る不景気な今の世の中に、殺人犯の嫌疑を受けた人間を雇い入れるような好奇心をもっている資本家は一人だってありはしない。世間の人の眼には、いくら無罪にきまっても、一たん収監された人間には、どうしても黒い影がつきまとって見えるものだ。アナトール・フランスのかいたクランクビュという青物屋と同じ待遇を彼等は世間から受けなければならんのだ。最後に、本人はまだ知らずにいるが、細君はあの事件に証人としてよばれるやら何やらで胆をつぶして月足らずで流産し、彼の空想の楽しい糧であった愛子は、闇から闇に葬られている。細君は国元へひきとられて、もう二度と東京の土をふまぬようにと親戚からさとされている。これを今村が知ったらどうだろう。彼の空想の幸福は、要するに、一寸した間違いのために、精神的にも、物質的にも、家庭的にも、すっかり廃墟となってしまって、それを再建するよすがはないのである。私は、むしろ、彼を永久に未決監において、せめても一縷の空想を楽しみながら世を去らせてやりたいと思う位だ。
九、補遺――真犯人は誰か?