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いぬがなくとガラスがこわれるか

犬がなくとガラスがこわれるか

中谷 宇吉郎

「暮しの手帖 昭和36年第3号」暮しの手帖社、1961(昭和36)年7月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,337 字 · 41 页

青空文庫

科学万々歳である。

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ある山奥に美しい盆地があって、周囲の山々は、うっそうたる原始林におおわれ、盆地のなかは、緑の牧草が毛せんを敷いたように密生している。水にも恵まれていて、水晶をとかしたような流れが、この牧草の原のなかをゆるやかにぬっている。気候も申しぶんなく、春さきになると、雪は早く消え、太陽がきらきらとこの流れに映えている。

中国の昔話にある武陵桃源とは、こういうところのことだったのであろう。ここでは、人々も、家畜も、みな幸福に暮していた。ただこの別天地には一つ不思議なことがあった。それは、この土地ではどうしても牛が育たないことである。なんとかして酪農をやりたいとおもって、丈夫なよい牛をたびたび入れたのであるが、数カ月のうちに、しだいに弱ってきて、やがて死んでしまう。

いろいろ手をつくしてみても、どうしても、牛が育たない。気候が悪いせいでもない。また牧草が悪いせいとも考えられない。りっぱな牧草ができるところで、現に馬や羊は非常に発育がよい。念のために、大学へ牧草を送ってしらべてもらったが、栄養価満点という折紙がついてきた。

それで村の人たちは、すっかり弱ってしまって、とうとう牛を飼うことはあきらめることにした。