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どくしん

独身

森 鴎外

「スバル」1910(明治43)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,012 字 · 19 页

青空文庫

「一体仏法なぞを攻撃しはじめたのは誰だろう。」

「いや。説法さえ廃して貰われれば、僕も謗法はしない。だがね、君、独身生活を攻撃することは廃さないよ。箕村の処なんぞへ行くと、お肴が違う。お梅さんが床の間の前に据わって、富田に馳走をせいと儼然として御託宣があるのだ。そうすると山海の美味が前に並ぶのだ。」

「分からないね。箕村というのは誰だい。それにお梅さんという人はどうしてそんなに息張っているのだい。」

「そりゃ息張っていますとも。床の間の前へ行って据わると、それ、御託宣だと云うので、箕村は遥か下がって平伏するのだ。」

「箕村というのは誰だい。」

「箕村ですか。あの長浜へ出る処に小児科病院を開いている男です。前の細君が病気で亡くなって忌中でいると、ある日大きな鯛を持って来て置いて行ったものがあったそうだ。箕村がひどく驚いて、近所を聞き廻ったり何かして騒ぐと、その時はまだ女中でいたお梅さんが平気で、これはお稲荷様の下さった鯛だと云って、直ぐに料理をして、否唯なしに箕村に食わせたそうだ。それが不思議の始で、おりおり稲荷の託宣がある。梅と婚礼をせいと云う託宣なんぞも、やっぱりお梅さんが言い渡して置いて、箕村が婚礼の支度をすると、お梅さんは驚いた顔をして、お娵さんはどちらからお出なさいますと云ったそうだ。