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ねことしょうぞうとふたりのおんな
猫と庄造と二人のおんな
谷崎 潤一郎
「改造 新年号 第十八巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>「改造 七月特大号 第十八巻第七号」1936(昭和11)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,020 字 · 131 页
それは愛情に甘えるしぐさのようでもあるし、暫く会わなかったのがキマリが悪くて、羞渋んでいるようでもある。リリーはそう云う風にして、呼ばれる度に「ニャア」と答えつつ屋根の上をうろうろした。庄造は、彼女が痩せていることは最初から気が付いていたけれど、なおよく見ると、一と月前よりは毛の色つやが悪くなっているばかりでなく、頸の周りだの尾の周りだのが泥だらけになっていて、ところどころに薄の穂などが喰っ着いていた。貰われて行った八百屋の家も猫好きだと云う話であったから、虐待されていた筈はないので、これは明かに、一匹の猫が尼ヶ崎から此処までひとりで辿って来る道中の難儀を語るものだった。こんな時刻に此処へ着いたのは、昨夜じゅう歩きつづけたのに違いないけれども、多分一と晩ぐらいではあるまい、もう幾晩も幾晩も、恐らくは数日前に八百屋の家を逃げ出して、方々で道に迷いながら、ようよう此処まで来たのであろう。彼女が人家つづきの街道を一直線に来たのでないことは、あのすすきの穂を見ても分る。それにしても、猫は寒がりなものであるのに、朝夕の風はどんなに身に沁みたことであろう。おまけに今は村しぐれの多い季節でもあるから、定めし雨に打たれて叢へもぐり込んだり、犬に追われて田圃の中へ隠れたりして、食うや食わずの道中をつづけて来たのだ。