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ねこぐるま
猫車
宮本 百合子
「改造」1937(昭和12)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,310 字 · 35 页
初めは、何心なく例のとおりフェルト草履をはいて茶紬の羽織をきた父親のわきに坐っていたお縫は、話がだんだんそういう方へ向いて来たので、遠慮して今のように背戸へ出ていた。庄平の床の前で、おさやと順平とが互に早口に声高に喋っているのが裏まできこえる。おさやのしっかりした早口が熱を帯びて高まって切れて暫くすると、思いがけなく庄平が、力の弱った声帯に必死の力をこめた変に疳高い尻あがりの声で、
「い、いけん! こっちが先や」
ひとこと、ひとこと全身をふるわせて云うのが、はっきりちしゃの葉の虫をつまんでいるお縫の耳に入った。何ということなし切ない気持がしめつけてきて、お縫の頬を涙がころがり落ちた。
思い出すと、そのときの涙が今も胸のなかを流れるような気がする。お縫は、気をかえようとするように急な元気を出して、風呂へ水を汲みこんだ。大きく長い火掻きで松枝をたいて大分水がぬくまった頃、おさやが庄平の濡らしたものを抱えて出て来た。
大盥へザアザア湯をくみ出して、その中へかさばる洗物をつけ、ギッギッと押えつけた。ほんの暫くそうやっておくと、おさやはすぐ丸い棒をふりあげて、しぶきが顔にはねかかるのをかまわず力一杯バンバン、バンバンたたき、もう一つかえしてこっちを叩きつけ、もうそれですんだことにして、お縫にゆすがせる。