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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

11 一九四四年(昭和十九年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 174,521 字 · 344 页

青空文庫

月の光は、白い皮膚にひやりとし、わが身の白さに像をおどろかせます。こんなしずけさ、こんな光、万物が成熟する夏の気温。その中で像は、いつか自分の姿を忘れ、すきなひとと自分との境さえも分らなくなってしまうのでしょう。きめの緻密な大理石が、とけて、軟くなり、重く芳ばしくなってゆくのはどんなに面白いでしょうね。

散歩に来る人間たちは、決してこの不思議を知りません。台座にこう彫られてあるのを読むばかりです。「いのちをかけて めでにき」と。実に微妙な光線の彩で、それらの綴りが、こうもよめる不思議を見出すものはありません「その胸に よろこびのしるしをつけん またの日」。

活々とした人間の世界には、数々の不思議があります。そして、それはみんな、人間らしさの骨頂の人間たちがつくるいとしいいとしい奇蹟です。奇蹟の発端は、純潔なこころの虹であったのでしょう。坊主が永劫地獄におちるのは、それを方便にしたという丈で充分ね。

「石炭王」をよんだつづきでゼルミナールよみはじめました。お読みになっているでしょう? わたしは初めてです。ゾラの小説の肌合いがなじみにくいところがあるけれども、描写の根気づよさにはおどろきます。