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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

11 一九四四年(昭和十九年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 174,521 字 · 344 页

青空文庫

面白いことには、ね、先生の家族は細君の実家の田舎へ疎開して行って、今たった一人のやもめ暮しです。グロッキーで、御飯の仕度もしているので、このカビも見つけ出したというわけです。台所もブーブー云い乍らやったが、バカにならないですよとニコニコでした。

きょうのわたしのお喋りは、何となく炭酸水の小さい泡のようでしょう? わるくない御機嫌というところでしょう? いろいろわけがあるのよ、一つは涼しいこと。そのほかはひろき波音のあの音この音。

八月二十八日のお手紙三十一日につきました、大変早かったこと。周防の麻里布の海のうた、思い出すようです、あの頃の官船、赤船が麻里布のさきを通ったのではなかったかしら、何だか遠くに赤船がゆく、余り遠くて、たよりもことづけられない、という意味のうたがあったように思います。このあたりにしろ、虹ヶ浜にしろ、あなたの想像なさるよりも倍も倍も変ってしまっているでしょう。麻里布というような地名からの感じは、遙かで、赤船の色彩的な迅い感じと美しく調和します、あの辺の(中国・四国辺の)美しさは、そういう連想からも生れるのね、東北のは人間生活の歴史の絢がなくて、自然のままの優しい荒っぽさの情感です。