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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
11 一九四四年(昭和十九年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 174,521 字 · 344 页
マリアの顔が描けるぐらい、一個の男子として女性の献身をうけた絵かきや彫刻家は、ざらになかったという証拠でしょう。母と子のいきさつは人情の常道を辿って到達出来ます、そして云ってみればどんな凡々男も父たり得るし父としての親としての感情は味うでしょう。男と女との特殊な間柄は、いつも情熱に足場をもたなくては成立し得ないし、其だけの情熱は或意味では普通考えられている恋愛以上のものですから、誰の生活の内でも経験されることではないでしょう。そして芸術のジャンルについて考えればキリストとマグダラのマリアとのいきさつは全く文学の領域で絵でも彫刻でも局部的な表現しか出来ないでしょうね。この手紙は立ったり居たり、わきへ人が来たりの間に書いたもので、きっといくらか落付かないかもしれませんが。
十月十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
十月九日
今、夜の十時です。何と珍しいことでしょう、この手紙は、いつものように食堂のテーブルの上でかかれているのではなくて、二階の、わたしの大きい勉強机の上でかかれて居ります。
先々週の月曜以来(咲枝上京の日から)うちは大ゴタゴタになって、疎開手続をして二十ヶの大荷物を作るかたわら、陶器の蒐集したのやたまったのやらの処分をはじめ、わたしは連日台所に立ちづめです。