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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

12 一九四五年(昭和二十年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,583 字 · 240 页

青空文庫

ここがなくなれば菅谷夫婦は、自分たちの便宜によって別になるだろうと想像されます、但菅谷が徴用ですから田舎へ行くことはないでしょうが、縁辺を辿って。「タシュケント。パンの市」という昔の小説のように、食物の確保されるところへ、と向って。わたしはそういうときついてゆく気にはなれません。

この頃又バルザックよみはじめました。「ウージェニ・グランデ」。そして、何となし思います、文学の本質は何と善良であろうか、と。大作家たる人々は共通の善良さ、善良を愛さずにいられない心の衝動を生涯もって居りますね。俗人は、善良におどろかなくなるし、感じなくなるし発見しなくなるし自分で善良でなくなることをもって大人になったと思います。そして老いさらばうのです。芸術家や政治家の偉大な人々は、人間の善良を信じ、発見し、それに動かされる衝動を枯死させない精神力をもっていて、それ故に不思議な若々しさと単純である故の高貴さをもっています。

わたしはバルザックを生き返らして、一枚の写真を見せてやりたいと思いました。それは数日前の新聞に出ていたものです、三人の人間が並んで写っていたの、チャーチルは厚外套にくるまって、ずんぐりで、髪がうすく、眼の碧さが写真でも分る眼つきで口が大きいの、あくまで、ゆるぎなきリアリストという風です。