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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

12 一九四五年(昭和二十年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,583 字 · 240 页

青空文庫

もうずっと久しく生活の物音はきこえなくなって居りましたが、二階の机をおいて障子をあけると一望千駄木学校が見え、きなくさい春風が、楓の若葉をゆるがせて居ります。

一応しずまって食堂へ来て、その日の午後川崎から来た女の呉れたチューリップが紅と黄に美しく朝鮮の黒い壺にさされているのを見たら、けげんな感じでした。家をやかれた人はその感じがさぞ鮮かでしょう。

千駄木の裏のわたしたちの愛すべき小さい家も遂になくなりました。目白のもとの家二つは、どうでしょうね、ありそうでもあり、無さそうでもあり。目白の先生は旅行中でしたろうと思います。火の見櫓が見えた二階の家もなくなってしまったわ。

十四日に菅谷が、そちらの安否をしらべに自転車で一廻りしてくれました。それでやっと気が落ち付きました、十六日には、往復二里ほど歩いて行きました、話よりも目で見た印象は何ときついでしょう。どんなにぐるりが熱く、赤く焔の音がひどかったことでしょう。本当にどんなにあつかったでしょう、うちの火でさえ風はあつくなりましたもの。

十八日には面会が出来るという張り出しを七八人のみんな歩いて来た連中が眺めました。