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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
10 一九四三年(昭和十八年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,557 字 · 426 页
私もあんな風に、どこかあっさりとして、からりとした雰囲気で暮しているだろうかと思い、その点では余り点が低くもあるまいと自答いたしました。私は女ですから猶更生活のいろいろな変転を経験するごとに、つまらない意味で世帯じみていないこと――つまり些細な日常的癖に拘泥する習慣のないこと――をうれしく思って来たものです。こんなことも当然とは云いながら、やはり私たちの仕合わせの一つよ。そして私はこうもよく考えます、ずっと一緒に暮せていたら、私は自分のよい意味ではまめまめしさで、反対には俗っぽさできっともっと家庭じみていたでしょうし、あなた迄も世帯っぽさでまきこんだかもしれない、と。
あなたは「ジャン・クリストフ」をお読みになったでしょう? 覚えていらっしゃるかしら。あの中にクリストフに深い信愛をよせた伯爵夫人がいたことを。娘が一人いたひとです。その人がクリストフの芸術を高く評価して、部屋へ訪ねて行きます。そのときクリストフは留守なの。クリストフの部屋は、婦人向きとはおよそ反対です。客間とは全く逆です。その様子にその女のひとは快い息をするのですが、すぐ何となし少し片づけてやりたいという気が起るのよ。