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たまつきばのいちぐう
球突場の一隅
豊島 与志雄
「新小説」1916(大正5)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,111 字 · 29 页
松井はその日午後から気分が晴々としなかった。考えるもの見るもの凡てが、しきりに胸の奥へ沈み込んでゆくような心地であった。そういう憂鬱は彼には珍らしくもなかった。彼はその時何時も自然に種々なことをしきりに考え込んだ。
で彼はまたぼんやりと取りとめも無い思いに耽りながら、村上とおたかとに突かかる球を見ていた。それからふと視線をそらして林を見ると、林は一心に球の方を見つめている。
その時松井の心にふと嫌悪の情が閃めいた。
松井と村上とはよく遅くまで球突場を去らないことがあった。林もよく遅くまで遊んでいった。度々彼等は一緒になることがあった。そういう時は、屹度一方が帰るまで片方も立ち上らなかった。何ということなしに自然にそうなったのである。
俺は何も林の向うを張るんじゃない、と松井は思った。第一おたかに対しても何の感情も持っていない。よしまた俺のうちに自分で自覚していない感情があるにしても、林なんかと競争をするものか。その妙にだだっ広い額、鼻筋の低い鼻、薄い髪の毛、ゆるんだ唇、もうそれで沢山だ!
彼はつと立ち上って、窓に凭れて外を眺めた。すぐ前に大きい檜葉があって、その向うの右手の隅に八手があった。