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せいとしとのきろく
生と死との記録
豊島 与志雄
「帝国文学」1918(大正7)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,961 字 · 39 页
――十時頃堯はいつものように昼寝をした。十二時に眼を覚した。がっかりしているようで元気が無かった。額が熱かった。熱をはかると九度八分に上っていた。驚いてまた寝かすと、そのまま眠ってしまった。
堯は咋年の一月十一日に生れて、丈夫に育っていった。所が六月に百日咳にかかった。丁度私達のことをよく知ってるSという小児科専門の医学士が居たので、その人に診て貰って、そうひどくならないうちに癒ってしまった。それから八月の末に消化不良にかかった。ごく軽かったので近くのTという医師に診て貰って居たが、いつまでもよくならなかった。いつの間にか病気は慢性になった。私はまたS医学士の手を煩わした。病気がひどくなって危険なことも二三度あった。私に似て呼吸器も弱かった。がS氏の手当に依ってどうかこうか生命を取り留めた。S氏は大学の研究所の方の忙しい仕事の合間にいつも私の家を見舞ってくれた。病気が軽くなると、芳子は堯をだいて常を連れて、大学のS氏の許へ通った。そして今年の五月頃からはもう時々しか薬も取らなくていいようになった。粥をすすって魚肉を食べるようになった。百日咳以来約一年間に及ぶ病気に衰弱し切った身体も、少しずつ恢復してゆくようだった。