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たはらしのはんざい

田原氏の犯罪

豊島 与志雄

「黒潮」1917(大正6)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,957 字 · 57 页

青空文庫

そしてすぐに重夫の所へ行った。

「先刻徳蔵に逢ったよ。」と田原さんは云った。

「そうですか。」と重夫は気の無さそうな返事をした。

「大変真面目な顔をしていた。そしてこんなことを云うんだ、『余りお世話になってるんで、旦那の家へはどうも白面では伺い悪うござんして。』とね。あれで酒を飲まなければ正直ないい奴だ。」

「お父さんが、酒を飲めるようにしておやりになるからいけないんですよ。」

「なにそればかりじゃない。それに、彼に急に酒をやめさせると却っていけないかも知れないんだ。」

「そんなことを云ったらきりがないじゃありませんか。」

「いや或る習慣が出来たり無くなったりするには一定の時期がいるものだ。」

「それでもお父さんは余りに寛大すぎますよ。」

「そう……。」

田原さんは何やら云いかけたが、そのままぷつりと言葉を切ってしまった。それで重夫もそれきり口を噤んだ。

その晩田原さんは遅くまで眠れなかった。室の中が、そして蚊帳の中が妙に暑苦しかったので、彼はそっと起き出て、縁側の雨戸を開いた。

星明りの、そして空気が澄み切った静かな晩だった。田原さんは庭に下りて行って大きく胸を開いて呼吸をした。